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東京地方裁判所 平成2年(ワ)5266号 判決

本訴原告兼反訴被告(以下「原告」という。) 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 小川原優之

同 星正秀

本訴被告兼反訴原告(以下「被告」という。) 乙山春子

主文

被告は、原告に対し、金一三八五万二〇四二円及びこれに対する平成二年五月一七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の本訴請求及び被告の反訴請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

被告において、金五〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

(本訴)

1 被告は、原告に対し金三九〇〇万円及びこれに対する平成二年五月一七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

(反訴)

一  請求の趣旨

1  原告は、被告に対し、金七〇五〇万円及びこれに対する平成二年一一月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二主張

(本訴)

一  請求原因

1 原告は第二東京弁護士会所属の弁護士である。

2 原告は、昭和六一年一月一七日、被告から、以下のような二件の訴訟事件受任の依頼を受け、同年二月七日これを受任した。

(一) 横浜地方裁判所小田原支部に係属する土地明渡し請求事件の共同被告として、土地所有者から借地条件違反等により、土地上のラブホテルを収去して、同土地の明渡し等を求められている(この訴訟を以下「小田原の事件」という。)。

(二) 東京地方裁判所に係属する建物明渡等請求事件(昭和五九年(ワ)第二五二二号)の原告として、銀座一丁目の昭和通りにある土地上の建物(木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建て(一階二〇〇・八二平方メートル、二階一九七・八五平方メートル))の一階部分の賃借人ら五名に対して、同建物の占有部分(これを以下「本件建物」という。)の明渡しを請求している(この訴訟を以下「本件訴訟事件」という。)。

3 原告は、右各訴訟事件を受任後、小田原の事件については裁判上の和解をして解決し、本件訴訟事件については、被告本人がそれまでしていた不十分な主張立証を整理し、証人尋問、鑑定及び事実上の現場検証を経て、昭和六三年一〇月二五日、全被告に対して本件建物の明渡しを命ずる仮執行宣言付判決を得た。

4 そこで、原告は、右判決後、本件訴訟事件の五名の被告のうち、平田保次郎については滞納分の支払いをせずに退去したので財産差押の準備をし、株式会社久永は任意に明渡しに応じたため、滞納家賃等を精算したが、江口産業株式会社についてはすでに倒産して行方不明であったため現実に明渡しの執行の必要もなく、財団法人新日本学院は休眠状態にあり、現実の占有は株式会社保険銀行日報社が行っていたので、財団法人新日本学院に対する明渡し執行の必要はなかった。

株式会社保険銀行日報社については、その代理人から明渡しを二月間猶予してもらいたいとの依頼があったが、被告が納得しないので、原告は昭和六三年一一月四日執行官に明渡し執行委任手続きをした。株式会社保険銀行日報社は控訴の申立てをして、仮執行宣言についての執行停止決定を得た。

5 原告は、昭和六三年一一月二九日到達の書面をもって被告に対し、本件建物に関する以後の処理を断る旨通告して、その事務処理を終えた。

6 本件建物の借家権価格を計算すると約七億五〇〇〇万円となるので、本件訴訟事件の弁護士費用は、日本弁護士連合会の報酬規程によると、着手金が二四三四万五〇〇〇円であり、報酬が更に同額となっているので、原告は、被告に対し、このうち着手金としては通信費、出廷費用、記録謄写代金その他の実費を含めて二一二〇万円、報酬として二〇〇〇万円合計四一二〇万円を請求したが、被告は、割賦払いで一一七万円を支払うにとどまった。そして、原告は、執行費用五〇万円及び株式会社久永の滞納賃料四七万七九五八円を預り金となっていたので、これらを右報酬債権から相殺控除すると、その残金は三九〇五万二〇四二円となる。

7 よって、原告は、被告に対し、委任契約に基づき、弁護士報酬金三九〇五万二〇四二円の内金三九〇〇万円及びこれに対する平成二年五月一七日(訴状送達の日の翌日)から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1ないし3の事実は認める。

2 同4の事実のうち、判決の後に、平田保次郎が本件建物から退去したこと、株式会社久永が本件建物を明け渡したこと、江口産業株式会社が倒産したこと、財団法人新日本学院が休眠状態にあり、現実には株式会社保険銀行日報社が占有していたこと、株式会社保険銀行日報社が控訴の申立をし仮執行宣言についての執行停止決定を得たことは認める。

3 同5の事実は認める。

4 同6の事実のうち、被告が原告に対し割賦払いで一一七万円を支払ったことは認める。

三  抗弁

被告は、本件建物を取り壊して、その敷地を有効利用するために、本件訴訟事件を提起し、その追行を原告に委任した。したがって、原告は、その事件の被告ら以外の本件建物占有者である江口四郎(ないしその相続人。以下同じ。)及び社会福祉法人新日本学園をも相手方として、本件建物の明渡しを求める訴えを起こすべき義務があったのにこれを懈怠した。右は委任契約上の不完全履行というべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認し、主張は争う。

(反訴)

一  請求原因

1 被告は、原告に対し、本訴請求原因2記載の各事件を委任した。

2 原告は、小田原の事件について、不当に廉価な立退料により、係争の土地を明渡すとの和解をし、もって、その負う委任契約上の義務に違反した。この結果、被告は、原告に委任する前の訴訟代理人である丙川弁護士に対する報酬金を含めて少なくとも五二〇〇万円の損害を被った。

3 被告は、本件建物を取り壊して、その敷地を有効利用するために、本件訴訟事件を提起し、その追行を原告に委任した。したがって、原告は、その事件の被告ら以外の本件建物占有者である江口四郎及び社会福祉法人新日本学園をも相手方として、本件建物の明渡しを求める訴えを起こすべき義務があったのにこれを懈怠した。このような委任契約上の不完全履行により、被告は、次のような損害を被った。

(一) 本件建物の取壊しができないままに経過したため、その倒壊防止工事関係費用として金三五〇万円。

(二) 江口四郎及び社会福祉法人新日本学園を相手に新たに訴訟を起こすために、弁護士を依頼するについて、委任事務処理費用として金八五万円。

(三) 本件訴訟事件で勝訴したにもかかわらず、依然として本件建物の取壊しができず、多大の精神的苦痛を被ったことによる慰謝料として金五〇〇万円。

(四) 諸経費として金一〇〇〇万円。

4 よって、被告は、原告に対し、委任契約の債務不履行による損害賠償として金七〇五〇万円及びこれに対する平成二年一一月二九日(反訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、和解をしたことは認め、その余は否認し、主張は争う。

3 同3の事実は否認し、主張は争う。

三  抗弁

小田原の事件については和解をするにあたり、被告の了承を得ている。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は認める。但し、それは、本件訴訟事件で勝訴し、本件建物の取壊しをして、その敷地を完全に利用できることを約束したから和解を了承したものである。また被告は、小田原の事件の相当事者であった有限会社三栄商事の代表者として、同会社が和解することを了承したものである。

第三証拠《省略》

理由

一  本訴について

1  請求原因1ないし3及び5の事実並びに同4の事実のうち、本件訴訟事件の判決後平田保次郎が本件建物から退去したこと、株式会社久永が本件建物を明け渡したこと、江口産業株式会社が倒産したこと、財団法人新日本学院が休眠状態にあり、現実には株式会社保険銀行日報社が占有していたこと、株式会社保険銀行日報社が控訴の申立をし仮執行宣言についての執行停止決定を得たことはいずれも当事者間に争いがない。

被告は、原告が本件訴訟事件の被告ら五名のほかに、本件建物を占有していた江口四郎及び社会福祉法人新日本学園をも相手方として本件建物明渡し訴訟を提起すべき義務があったと主張する。

そこで判断するに、《証拠省略》に前記当事者間に争いのない事実を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  被告の先代は、本件建物を他に賃貸しており、被告が相続によりその地位を相続した。

被告と借家人らとの間で本件建物の修理工事等をめぐって紛争が起こり、平田保次郎、江口四郎、社会福祉法人新日本学園及び久永度量衡株式会社は、本件建物の賃借人であるとの立場で、賃貸人である被告を債務者として、本件建物の一部分である便所流し先部分約四坪について、「出入口の閉塞、取毀、立入りなどして、債権者らの右建物の占有使用を妨害する一切の行為をしてはならない。」との仮処分を申立て、昭和四一年一月一二日その旨の決定を得た(当庁昭和四一年(ヨ)第一一一号)。

一方被告は、昭和五七年株式会社保険銀行日報社、株式会社久永(変更前の商号久永度量衡株式会社)、江口産業株式会社及び平田保次郎を債務者として、本件建物に関し、債務者らの占有移転禁止、執行官保管の仮処分決定を得て、同年一二月二八日その執行をした。その執行調書には、右各債務者らが本件建物を占有していると記載されているが、他に占有者があるような記載はない。

(二)  その後被告は、すでに朽廃状態にある本件建物を取り壊して、その敷地(中央区銀座一丁目二〇四番一(地積一二九・六五平方メートル)及び二〇四番八(地積九〇・八七平方メートル)の二筆合計地積二二〇・五二平方メートル)を有効に利用するために、昭和五九年三月九日、本件建物の賃借人らである平田保次郎、株式会社久永、財団法人新日本学院、株式会社保険銀行日報社及び江口産業株式会社を被告として、当庁に本件建物の明渡し等を求める訴え(本件訴訟事件)を、本人訴訟として起こした。

本件訴訟事件において被告は次のとおり主張した。まず平田保次郎及び株式会社久永については建物賃貸借契約上の信頼関係破壊行為があり、また建物がすでに朽廃しているとして解約の申入れをした。財団法人新日本学院については、昭和三六年社会福祉法人新日本学園に対し、昭和三七年株式会社保険銀行日報社に対し、それぞれ本件建物賃借権を無断で譲渡ないし転貸したことを理由に契約を解除した。江口産業株式会社については昭和四〇年解散後、その代表取締役である江口四郎に対して本件建物賃借権を無断で譲渡ないし転貸したことを理由に契約を解除した。これらに基づき、それぞれ明渡しと賃料相当損害金の請求をする。

これに対し本件訴訟事件の被告らは原告の主張を争い、財団法人新日本学院及び株式会社保険銀行日報社は賃借権の譲渡転貸について、家主の承諾があったと主張した。

(三)  そして、被告は、本件訴訟事件において、その主張事実の立証として現場検証等の申立をし、その本人尋問も終えたのであるが、受訴裁判所から訴訟代理人の選任方を強く求められた。そこで被告は何人かの弁護士に、小田原の事件を含めて訴訟受任の依頼をしたがいずれも断られたため、たまたまその名を知った原告に、訴訟受任の依頼をし、結局原告が両事件とも受任した(なお、両事件とも、原告のほか、原告の法律事務所所属の弁護士二名が訴訟代理人となっている。)。

(四)  小田原の事件については、原告らが訴訟代理人となり、昭和六二年六月五日、被告本人も出席のうえ裁判上の和解が成立した。この和解については、被告は抵抗を示したが、原告から確実に本件建物の明渡しができるからと説得されて、これに応じたものであり、小田原の事件に関する弁護士報酬については、日本弁護士連合会の報酬規程によって算定される弁護士報酬額より廉価な額で精算を終えた。

(五)  原告は、昭和六二年一月一九日付けで本件訴訟事件の受訴裁判所に被告の訴訟代理人として、訴訟委任状を提出した。そして原告は現場の検分などを含めて本件建物の占有状況や本件建物の朽廃状況等を調査した。その結果、本件建物には本件訴訟事件の被告ら以外の者として、社会福祉法人新日本学園名義の看板がかかっているが、占有の実態はなく、本件訴訟事件の被告ら以外には現実の占有者はいないと判断のうえ、従前の主張及び証拠申請の整理をした。受訴裁判所は本件建物の朽廃に関する鑑定を行うなどの証拠調べを経て、昭和六三年一〇月二五日、一部の被告に対する遅延損害金請求の一部を除いては全部勝訴となる判決である、全被告に対して本件建物の明渡し及び明渡しまでの遅延損害金の支払を命ずる仮執行宣言付判決を言い渡した。判決によれば、本件建物は大正一二、三年ころに建築されたものと推定され、全体として朽廃の域に達しているというものであった。この判決に対して株式会社保険銀行日報社は同年一一月一日付けで控訴申立をしたが、その他の被告は上訴せず判決は同月四日に確定した。

(六)  原告は、引き続き、本件建物の明渡しや損害金請求に関する事務処理を行っていたが、同月二九日到達の書面をもって、以後の事務処理を行わない旨被告に通知した。

以上の事実が認められ、これを左右する証拠はない。

2  右認定事実によれば、被告は、原告に対し、直接には本件訴訟事件及び小田原の事件の訴訟追行に関する事務を委任したものであるが、本件訴訟事件の実際の目的は占有者の立ち退きにより本件建物を含む建物全部を取り壊すことにあったものであり、その点は原告も十分承知していたのであるから、その委任事項はその目的に資する法律関係事務一切に及ぶものと解されるが、もとより本件建物に関する最重要事務は、現に係属する本件訴訟事件の訴訟追行に関するものであった。

したがって、原告としては、右の目的を踏まえて、本件訴訟事件の追行をすべきであり、特にその相手方や主張立証を誤っているなどの事情が明らかであればその是正措置をとるべきであったところ、本件訴訟事件の被告らについては、いずれも本件建物の明渡しを実現する上で不可欠の相手方であった。他方、それ以外の本件建物の占有者については、被告は、本件訴訟事件において、財団法人新日本学院に対し、社会福祉法人新日本学園に対する本件建物賃借権の無断譲渡ないしその転貸を理由とする契約解除に基づきその明渡しを請求していること、また江口産業株式会社に対し、昭和四〇年解散後その代表取締役であった江口四郎に対する本件建物賃借権の無断譲渡ないしその転貸を理由とする契約解除に基づきその明渡しを請求していること及び昭和四一年の仮処分申請において社会福祉法人新日本学園及び江口四郎が自ら本件建物の賃借人であると主張しており、これらの事情は原告も承知していたことからすると、本件建物の占有権原を巡る紛争の抜本的解決を図るために、賃借権の無断譲受人ないし転借人と言うべき社会福祉法人新日本学園及び江口四郎をも被告として新たに訴えを起こすことも一つの選択として考えられるところと言える。

しかし、昭和五七年当時の本件建物の占有状況を記載した仮処分調書によれば、それらの者が占有しているとは認められないし、翻って、本件訴訟事件はこのような事情を知悉している被告が、当初から本件訴訟事件の被告らを選び、それらの者のみに対して、自ら明渡し訴訟を提起したもので、原告はこれを引き継いだという立場にあったものであることなどの事情に照らすと、あえて占有態様が不明で、占有権原の疑わしい社会福祉法人新日本学園及び江口四郎に対して積極的に明渡し訴訟を提起すべき義務があったとまではいいがたく、他にこのような義務があると認めるべき証拠もない。よって、被告の抗弁は理由がない。

3  そこで、原告の報酬額について検討する。

《証拠省略》によれば、原告と被告は、本件訴訟事件の弁護士報酬については、格別の合意をせず、着手金の授受もなかったことが認められるが、同時に委任した小田原の事件については相当額の報酬の支払いがなされていること及び委任にいたる経緯に鑑みると、当事者間において相当額の報酬を支払うとの有償の合意がなされたものと推認するのが相当である。そして右の相当な報酬額については、当事者間で特に依るべき基準についての合意がなされたと認められない本件においては、当該訴訟によって依頼者の受ける経済的利益をもとにして、事案の性質、難易その他諸般の事情を斟酌して、これを定めるべきものである。

そして、《証拠省略》によれば、本件訴訟事件の訴訟物価格は金二八万二二一九円であったこと、本件建物の敷地の昭和六三年六月時点での価格は一平方メートルあたり一九〇〇万円であること、被告が本件訴訟事件において明渡しを求めていた本件建物は、二階建て建物の一階部分約一六五・四一平方メートルであることが認められ、これを左右する証拠はない。

右認定事実に基づき、本件建物の一般的な借家権価格について、本件建物が銀座一丁目に所在する二階建建物であることに鑑み、ひとまず借地権割合を更地価格の八割、借家権価格を借地権価格の三割五分、二階建建物における一階部分の価格比率を三分の二として試算してみると、五億八六六五万円(一万円未満切捨て、以下この算定計算において同じ。)となる。しかし、前記認定のとおり、本件建物は大正一二、三年ころに建築されたと推定される木造の建物であり、本件訴訟事件における訴訟物価格が僅か二八万円余とされており、また《証拠省略》によって認められる本件建物を含む建物全体の昭和六二年度の固定資産税評価額は一一二万〇五〇〇円にすぎないことに加え、本件建物は判決当時すでに全体として朽廃の域にあったというのであるから、右のような試算による金額をもって本件建物の借家権価格と評価するのは妥当とは言えない。一方本件建物は朽廃状態にあるとはいえ、倒壊寸前というわけでもなく、現に占有者がいて使用収益していた事実も無視することはできない。これらの事情を踏まえて検討すると、右借家権価格は概ね右試算額の二分の一程度の三億円と評価するのが相当である。よって、本件建物の明渡しによって、被告の得る経済的利益は金三億円と評価できる。

この経済的利益(日本弁護士連合会の報酬等基準規程による報酬額を計算すると、着手金及び報酬金がそれぞれ一〇八四万円となる。)をもとに、本件訴訟事件の経緯特に当初は被告が本人訴訟として訴訟追行していたものを原告がこれを受け継いだものであること、その主張内容から窺われる訴訟の内容・難易の程度、被告の受任期間、実質的に全面的勝訴というべき訴訟結果のほか、本件建物については、その占有の実態はともかくとして、被告に対し、賃借権を有すると主張して本件建物の一部取壊し禁止等の仮処分決定を得ている者二名がおり、その仮処分決定が失効したとの主張立証がないことからすると、本件訴訟事件の一審判決によっても、本件建物を巡る占有権原についての紛争がなお終息しきっていない可能性があるため(《証拠省略》によれば、被告は江口四郎の相続人及び社会福祉法人新日本学園に対して、現在明渡し訴訟を起こしている。)、それが被告が現実に享受する経済的利益の評価に髪響を及ぼさないとまでは断じがたいことその他の事情を勘案すると、その報酬額は着手金及び報酬金併せて金一六〇〇万円と定めるのが相当である。

4  そして、原告が被告から弁護士報酬として一一七万円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、また原告が本件訴訟事件に関する預かり金等九七万七九五八円については弁護士報酬から相殺控除したことは原告の自陳するところである(《証拠省略》によれば被告もその充当処理を認めている。)から、その合計金二一四万七九五八円を控除した一三八五万二〇四二円が、原告が被告に対して請求しうる報酬額となる(なお、前記のとおり、被告は原告のほかに原告の法律事務所所属の弁護士二名にも訴訟委任をしているが、原告のみが被告に対して報酬額の請求をしており、同時期に委任した小田原の事件について原告宛の弁護士報酬の支払によってその精算が終了していることから見ると、それらの報酬債権は原告を含む三名の連帯債権と解するのが相当である。)。

二  反訴請求について

被告が原告に対し、本件訴訟事件及び小田原の事件を委任したこと、小田原の事件について、裁判上の和解をしたことは当事者間に争いがない。

被告は、小田原の事件の和解は、原告の負う委任契約上の義務に違反するものであったと主張するが、その和解については被告も了承したことは当事者間に争いがないのであるから、いずれにせよ、被告の右主張は失当である。なお、被告は右の了承は相当事者の代表者としての和解の了承であったと主張するが、《証拠省略》によれば、被告は和解期日に代理人とともに出頭して、和解を成立させていることが認められるから、その内容は承知していたはずであって、被告の右主張は採用の限りではない。

また、被告は、本件訴訟事件について、江口四郎及び社会福祉法人新日本学園をも相手方として訴えを提起すべき義務があったと主張するが、そのような委任契約上の義務があるとまでは認められないことは本訴に関して判断したとおりである。

よって、その余の点について判断するまでもなく、被告の反訴請求はいずれも理由がない。

三  結論

以上の次第で、原告の本訴請求のうち、金一三八五万二〇四二円の報酬額及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成二年五月一七日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから認容し、その余の本訴請求及び被告の反訴請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法九二条、八九条を、仮執行及びその免脱の宣言については同法一九六条を各適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤陽一)

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